rulururu

post 渋谷HMV

August 14th, 2010

Filed under: New Mixes — goh @ 10:26:43

渋谷がCD売り上げ世界一と云われたのが10何年前。
とうとう今月渋谷HMVが閉店する。New YorkのTower Recordに続く大型店の閉鎖である。
陳列台が85年頃にLPレコードからどんどんCDに変わってゆく姿を目の当たりにしてCD黄金時代が来ると興奮した。
あれから25年程度でCD黄金時代は終焉に向かっているのだろうか?
以前、レコード会社の重役がI-PODが登場した時に自分の持っていたCDをすべて取り込んで現物のCDをすべて廃棄したと自慢していた。
近年の音楽配信の定着のスピードの早さにも驚く。
しかし一概に言える事は何もかもかが「お手軽」になったという一言につきる。

先日久しぶりにアメリカに行ってまず楽しみにしていたのは永遠と続く高速道路で無数の音楽ラジオを聞く事だったが
今の時代、サテライト(衛星)・ラジオの復旧により民放ラジオはコマーシャルの方が実際の音楽より放送時間が長くて退屈。
その点サテライト・放送局の音楽のジャンルは何100〜とあり、すべてがCMフリー。
デイズニー・チャンネルではデイズニークラシック〜デイズニー・レーベルに関わる最新の音楽はそのカッコ良さ、最新さはもちろん
言葉(歌詞)にも教育上の配慮がなされているので就学児童が爆音で聞いても安心だという。
音楽が流れている間に交通、気象情報を現通過地点をリアルタイムで教えてくれる。実にお手軽である。

たしかに日本のFMラジオ放送もDJの話が聞き取りにくかったり退屈だったりして結局我が家もインターネットラジオを聞いているが
常々に思うのは今流れている「曲」に興味を持つ事、なんという「曲」か、誰の演奏か?を知る、知っているかという事でである。
特にクラッシクのピースは未来永劫なので知っていれば40年前でも後でも同じ知識の中で楽しむ事ができる。

そんなときにその曲をCDとして買いに行こう!と思い立つときである。
CD ショップに行ってはいろいろな演奏家の演じる名曲を手に取っては想像したり購買意欲を制したり。
大型店ならではの図書館のような空間が実に時間を忘れるほど楽しかった。

結果インターネットで探しても同じだろうと思っても大きく違うのはネットでは「購入〜決定」した時に終わるが
ショップではレジの直前でキャンセル出来る。なんと言っても決定的な違いは買って来たCDはその日に聞ける。
最近では在庫アリ〜即日出荷等と言っておきながらメーカー取り寄せになっていて忘れた頃に届いたCDにはすでに興味も失せているのもある。
価値観と時間差でネット配信というリスク無し、エコでゴミも出ないという(ゴミにもならない?)というのはどうだろう?

今世紀、2度と現れないと思うだろうCD大型店 渋谷HMVに 「お疲れさまでした!」楽しかったよ。

post レコーディング未来への提唱

August 13th, 2010

Filed under: New Mixes — goh @ 17:45:34

先月セミナーのパネリストとして参加させてもらった。
もっと言いたい事はたくさんあったけど集まってくださた方々の真剣さには圧巻した。
デジタル化された音楽のビット処理法や、歌のピッチ直し/編集法やらなにやら、、、、と
現場の悩みは数多いのは今も昔も変わりない。
そんな質問の中でテクニック云々よりも明日への音楽の在り方に危惧をもたれている方たちの悩みや心配事はひと事ではない。
「なんで今時の音楽は感動をもたらさないのですか?」と質問されて現時点を代表するエンジニア達と言われる御三家が壇上に立って「あーでもない。こーでもない!」と栄光に都合良く曳航されながら何を熱っぽく語っても御多分に説得力はなかったろう。
但し、今回のセミナーを通してはっきりと判り、確認した事は現代の音楽事情の大きなな問題とはすべてが「客観的」であるという一言である。
今や誰も彼もが、どう受け止められたいかという「客観的」希望的憶測、思想のみでインターネットやメディアやら、数字やら、、、、。
「どう客観的印象?」のみがイノチより大事な要素であり姿勢には呆れてしまうばかりである。

「カッコ良くて気持ちの良い音楽だったらみんなで爆音で聴こうぜ!!」という信じる「進行形」をまったく感じない。
現場での意見交換で「どう思う?」と誰かが聞けば。決まって「いいんじゃない?」というどっちともつかない良不可??な意見ばかりが多い。
多分、それがどんなに良くても結果的にダメになった時に責任を負いたくないし、逆に良かった時には賛同したという証拠的意見になるからなのか?

僕が今まで携わり、自分にチャンスを与えてくれ、そしてリスペクトを持って接してきたアーチスト達は数多いが、50過ぎてもパンイチで唄って踊っていても自分はリスペクトを持って尊敬し応援もされ応援する。
しかし「辞める」と言っておきながらその「辞め方」の客観的印象が気に入らないというのは呆れるばかりである。

確かに栄光の味は苦いものだと誰かが言っていたような気がするが
夕日の沖に曳航されてゆく大きな船が残した引き波が凪いだ海に今静かに消えてゆく。

post 政権交代と音楽事情

May 24th, 2010

Filed under: New Mixes — goh @ 20:45:04

僕がこの仕事を始めた時はレーガン大統領だった。そして当時副大統領のブッシュ・ファミリーがその政権を引き続き誰でもわかるオイル戦争をやった。
ニューヨークのカルチャー〜音楽が絶世でもの凄い時代であった記憶は僕の下積みのキャリヤの苦労も吹き飛ばすくらい凄かった。
イースト・ビレッジのアルファベットでは強盗が山賊のように街路樹から飛び降りて人を襲う、大きなVANがバックしながらシャッターを突き破り強盗する。麻薬中毒者が幽霊のように道をさまよう。緊張感の中、音楽や文化は最高に楽しかったし、ヒットも多かった。
時は勝手に巡りニューヨーク市長も変わって日々安全になってゆく姿を実感したが、それでも徹夜明けの明け方にタクシーの運転手と何で遠回りするのかと口論になって「あれだよ。」と、まだだれにも通報されていない道に横たわる死体を指されて「了解」と全速力で一方通行をバックした事も何度もあった。
やがてブッシュが大敗を喫してクリントン政権になってまもなく、いつも一緒にリミックスをする政治にも一般教養にもまったく興味のない無学な天才DJが「政権が変わってリミックス予算が激減した。」とつぶやいた一言が今でも忘れられない。
たしかにそれを機に何かが変わった。

post 昨今のマスタリング事情

May 11th, 2010

Filed under: New Mixes — goh @ 21:20:13

最近では完成品をCDにする為にをマスタリングするというよりより多様化する右肩下がりの業界に対応(順応?)すべく
マスタリング事情も随分と様変わりしたようだ。
海外の著名なパイオニアとも言えるマスタリングエンジニアが2chしかない素材をあたかもリミックスしたかのような魔法をかけて更に違う次元に導き結果数千万人〜を説得した時代が改新であったならば昨今のマスタリング今はすでに平安も末期のさながら羅生門であると思う。
アナログ時代のカッティング技術からの叩き上げのエンジニア達が最新の技術を駆使してのSTATE of ARTSならではのマスタリング技術も今となってはプラグインの乱用にすぎず、赤ランプだらけのフラットヘッドマスタリングばかりで結果、ハイやら無用な倍音を足すためにローをけずり、ゲインをかせぐ。ゲインをかせぐ為ならなりふり構わず音楽も雑音も歪みもお構いナシの無節操さには呆れるばかりである。
なにより、マスタリングエンジニアがミックスされた音楽の主要なノリを勝手に変えた事に自信を持って説明して平気の面が信じられない。そんなに僕らが持ち込んだミックスはノリが悪いのかと逆に心配になる。
第一にマスタリングエンジニアとは我々エンジニアやアーチストがさまざまな難題や条件ををクリヤしてここに到達した経緯を知らない。
知らない方が良い場合もあるが、何にも考えずに昨日の仕事と同じ様に数十年前の同じアナログコンプ、EQは見なくても右に(必ず右に)つまみ廻す。そして絶対に戻さない。
結局は凍ったエゴの固まりであってそれが必ず音に出る。それが一般が望んでいる商品としてのフレーム内であれば何ら問題にはならないが、
最近では歪んでいようがフラットヘッドだろうが商品としとの基準はもう無いに等しい。
プラグインがあまりにも多様化されてマスタリングエンジニアもミキサー気取りでマルチバンドコンプをタスキ掛けにしてガンガン音を変える。
原型を止めなくても成功に結びつければ良いが、そうでないものもたくさんある。(その方が多い)
マスタリングエンジニアは基本的に会社員なので原盤印税もアーチスト印税も何もない。とっぱらい無責任である。
しかし評価の高いマスタリングエンジニアは言わば表装職人のように素晴らしい仕事をする。
僕自身世界中でそんなクラスのマスタリングエンジニアとはご一緒させていただいたし、日本でもそのクラスのマスタリングエンジニアは
数人いる。最近ではAVEX MASTERINGの宮本さんはNOKKOのカバーアルバムを手がけていただいてその仕事の丁寧さには感謝、感動した。
音響ハウスの中里さんは宇多田ヒカルの仕事でお世話になった。バーニーグラウンドマンの田中さんもこだわりのある真の通った音にしてくれる。
いつまでも飽きない、所謂「流行の音」にしないオレンジの小泉さんにも何回か表装していただいた。フレア・マスタリングの山崎さんとはいつも布袋さんの仕事で表装していただく。

大きな会社の名前の七光りの陰でチマチマとツマミをいじくり廻しているだけのクソバカガキには頼まない方が無難である。

post SPEAKER STAND

April 14th, 2010

Filed under: New Mixes — goh @ 7:32:06

早いものでこのミックス・ルームも三年が過ぎました。今年はモニター関連の充実を計画していておおまかには
(1)ICONのMONITOR SECTION (X-MONITOR)の入力段の改善
(2)X-MONITORよりモニターアンプ系統に接続されるケーブルの大改修
(3)SPEAKER STANDの新調

まずは(3)
現状のSPEAKER STANDにも砂や鉄等を入れて改造を施しているのでスタンドとしては全く問題はないのだが、
問題はユニットが1年くらいしか持たないという事。私はスパイク愛用しているのでスピーカーの底板を鳴らさず、ウーファーだけを鳴らして
低域の分離を聞きながらミックスするために録音状態の悪いキック(位相がメチャクチャ)などを強制補正する時にどうしても痛んでしまう事が多く
だいたい1年で交換となる。(レースタイヤ交換みたいなものだが。)
痛む原因はスタンド素材やの堅さと天板の素材との組み合わせに多くあると思う。
一昔前にも鉄骨を組んだスタンドをSSLのMETTER-BRIDGEの後ろに立てて鳴らすとMIXが整っていればしっかり鳴るが少しでも甘いと
ウーファーがベコベコしたりしてコーンが痛んでゆくのが手に取る様にわかる。かと言ってMETTER-BRIDGEに直接載せると左右の振動がお互い打ち消し合ったりする。
これはもっともウーファーが痛む原因で20年以上前NS-10Mのウーファーが一曲の小節目の一拍目の一最初のキックでぶっ飛ぶ事はよくあった。
現在のスタンドは重さ的には問題ないが天板が木材な為に鉄の支柱との組み合わせが非常に悪く不意の濁った低音が再生された途端にスパイクを通して
天板と底板が一不規則に振動してしまうためにウーファーに極端な負荷がかかり痛みが早いのではないかという結論に達した。

一昨年からAudio Show等に足を運びいろいろなスタンドを探したが
丁度良いサイズがまずない。基本的にはオーディオルームやリビング空間などでフリースタンド設計されているので高さ70cmが限界でそれ以上はなかなか見つからないのが現状だった。
ICONのMETTER-BRIDGEをクリアするには100cm必要なので実際90cmでも足りない。

そこで丁度見つかったのがレクストというオーディオメーカが開発/製造したスタンドは
支柱はマグネシュウム合金で天板、支柱、底板の素材の組み合わせ、支柱に入っている砂鉄の分量等をきちんとデザインされているので今までのような不饗な振動は起こらないと思って導入した。

早速音のチェックだが、代表である西野さんのお言葉通りにスパイク無しで聞いたところ底板を鳴らす事でスピーカー本来の低音が素晴らしく響いている。
しかしこれは最終的に完成したMIXや良い作品を聞いている状態であり、作業中のマルチデータを立ち上げ、補正作業にかかるとやはり底板の振動でもたってしまうので
スパイクを付けた状態に戻したが、今までのようなスパイクを通して天板と底板が変に振動するような事はまったく無くなった効果はやはり素晴らしい。
床に置いていたレンガブロックも御影石に変えて床の重量を加えた事により非常にコントロールし易い固く締まった低音になった事も進歩だと思う。
結果、高めのスパイクを使う事により合計で10 cm弱はかさ上げできたのも正解であったようだ。
ホームスタジオでの低音のコントールは非常に難しいがこのような補助効果があるスタンドがあれば細かい調整もレスポンスも早いので仕事も随分と楽になると思う。
あくまでも扱う素材がよければの話だが。
request-stand.jpgrequest-sp.jpg

post 最近の録音事情

April 10th, 2010

Filed under: New Mixes — goh @ 20:01:31

最近の録音事情は随分と様変わりしたと思う。
立てたマイクの分だけのトラックがありその後、ダビングを重ね重ね収録したファイルが届くと一体何の事(音?)だかさっぱりわからない。
3年くらい前までは「ラフミックス」という基本があってそれはある意味重要な基準になっていた。ところが最近では モニターミックスの延長なのか?それともこれが??意図したバランスなのか
理解不可能である。そもそも膨大な数のプラグインが意味不明にぶら下がり、録音したエンジニアとその後のダビングエンジニアの決定的な「好み」の違いが結果、エゴのむき出しでさらに謎は深まる。
そもそもラフミックスとは経験豊かなエンジニアの方ならすぐにお分かりになるようにEQやらCOMP等の補正を行ってはいけない。(なるべく使わない)のが基本である
なぜなら補正されない事によってその本来の音が聞こえて、それを基準に聞きながらプロダクションは進められてゆくものである。
「ラフミックス」に時間をかけるという事はすなわちプロダクションの進行を「整理」をするという事でであって「ミックス」ではないのである。
ところが途中参入してくるエンジニア達が自分勝手なエゴや好みでWAVES プラチナスタジオ貸し切り状態で好き勝手にバランスを取ったら本当に意図した録音のバランスも
それに沿って進められたダビングもタイミングもピッチも何もかも原型を止める事もなく、何の事だか不可解になるだけである。
アナログ時代を経験して今も尚素晴らしい仕事を続けている方々はフエーダーを一列に並べるだけで(誰がバランスを取っても)制作の基準となるバランスになるように
録音/制作するように心がけていると思う。ところが最近では歌を録音する前にすでに100 トラックを当たり前に有したり、すでにプラチナスタジオ貸し切り状態なDSPの消費である。
プロダクションの進行を「整理」して音楽制作に協力をするという気持ちがあるのならどんなにトラックを浪費しようがプラグインを貸し切ろうが迷わず自分が録音したベストなバランスをステムとしてまとめて(バウンス)して次の作業の妨げないようにするのが当然の義務だと思う。
これは倫理である。

post GRAMMY 2010

February 20th, 2010

Filed under: New Mixes — goh @ 9:37:36

今年もグラミーの季節がやっては過ぎました。
本年は最初からグラミーを狙って制作してノミネートされたアルバム、Philippe Saisse “At Worlds Edge” Best Jazz Album of the Year
があったので受賞を逃したのははとても残念ですが、ノミネートされただけで満足としましょう。
昨今、とうとうアメリカの音楽に力も魅力も無いと言われていますが、僕もそう思わざる得ないのは僕が1Q86にNEW YORKでMIXという特定な仕事を人生のテーマにしようと決めた時には
音楽だけで十分勝負しようとするアーチストがたくさんいて相乗効果もたくさんありました。ところが、最近では不動産やら俳優やらとそのマルチな才能を自らプロデュースする事が、その結果がビジネス的に成功するか、ゴシップ的に取り上げられるかとう現実が何よりも先で音楽の内容はそのほんの一部でしかないという現実は30年前では考えられなかった未来の姿だと思います。
時代やその背景だけがどんどん先に進んでゆき、音楽そののもの姿は今では趣味の園芸やDIY的になってゆき、このブログのような先に述べた現実的成功に対する不満やら優越感のみの弁護士ナシの自己説明ばかりでまったく結果になっていないのが今日からの未来だと思います。
昨年地方紙と言われても地元静岡NO.1の静岡新聞の記者の方が「新聞のもっている意味と重要性」という事について熱々と話されていた事は印象深かったです。
確かに今は昨日の夜中に刷られた新聞より毎朝8時にアップされるヤフーの寄せ集め電子ニュースの方が新しい情報でネットさえ繋がっていればタダです。
新聞購読料もナシ、古紙ゴミにもならずに便利でエコであると言ってしまえばそれまでだが、文章や音楽には正しい時間の過ごし方があるはずです。
音楽までデジタル配信のいらなくなったCDやレコードと同じように転売する必要も資源にもならないゴミとして出すよりマシと思われる時代になった今日こそ語る事はたくさんあると思う。
V8やらV12の車のエンジンなんてまるでギリシャ神話の登場人物がハイブリッドなモーターエンジンを搭載したプリキュアに『キュア・エナジー!!」とか言われて簡単に廃車にされて第三国にすら売れれて行く事すら出来ない実情は音楽(業界)にも言えるのでは?
当時でも一億円以上を制作予算にかけた音楽の数々は今聞いても豪華で非の打ち所も無い程完璧で夢もある(あった)けれども昨今のマンション・アパートの一室で収録/ミックスされた音楽には明らかに
壮大で豪華で夢がある「音の香り」とも言える説得力を感じえないのは僕だけでなくコンシュマーもそう思うだろうからミリオンセラーという数字も神話になりつつある。
では、だれがだれの為にそんな音楽を作って世の中に発表しているのだろうか?昨今マスター・テープという言葉がとうとう死語になった。ソフトシンセのデータのみやらオーディオのデータをHARD DISKに
バックアップされたものをマスターと、とりあえず言ってはいるものの、その複製は何処にでも存在し得てもちろん加筆も可能である。マスターとう、それしかないとう一点モノであるという重要性も危機感も今はない。当時はターン・テーブルが2台あれば前衛音楽プロデューサーになれたのが、今ではパソコンがありさえすればピッチ、演奏、100%な音楽家に誰でもなれる。
この業界/職種において誰も形ある挑戦に挑む人が少なくなったこれからも僕は形ある結果に挑戦を続けようと思う。
philippe-saisse-logo.jpg

post Master Recorder

November 17th, 2009

Filed under: New Mixes — goh @ 1:09:06

今年はインハウスの仕事〜すなわち家内のNOKKOのアルバム制作で忙しい。ボクはMIXが本業でRECORDINGは年に1、2回あるかないか??
今回は原盤権利を共有するスタンスからの事の始まりなので選曲〜デモ〜実際のプロダクション〜そしてMIXで終わりなはずが、そこからはプロモーション〜事務所の社長もやらなくてはならない。
そんな事とMASTER RECORDERのトピックスとは無関係だが良い機会なのでミックスシステムをアップデートしてみた。
まずは前回紹介したCHORD ELECTRONICS QDB76をボク用にカスタマイズしてもらいプロ仕様の送り/受けが出来るようになった。
オヤイデ電気からFTVS-910という110 OhmのDigital Cableを用意して192 I/Oより直接引いてQDB76に接続することにより強烈にジッターノイズが下がった事も確認出来た。
今まではLAVERY ENGINEERINGのD/Aよりのモニター環境一点だったのが QDB76の出現によりよりハイエンドオーディオ的なモニター環境というよりもよりコンシュマー的になった事が多きな進歩である。また今回のレコーディングを通して再認識した事は商業スタジオの「音の悪さ」である。「悪さ」と言うと語弊がるが他に選ぶ言葉が無いほど楽しい音がまったくしない。
大音量にしても小音量にしてもまったく楽しい音がしない。アメリカではこんな事はまずない。
勘をたよりに録音して持って帰ってきた音がここのシステムで聞いてホットするけれど、もっと良かったらと思うのはスタジオのモニター要因が大きい。

今回のアルバムはデモの段階より完成に近いイメージで音作り、歌入れもしてきたので最初のデモと最後のミックスは同じ印象でなければならないという自己責任のもとに
システムを構築する上で重要なのはMASTERとしての収録先である。このスタジオでどんなに楽しく作業が出来てもこの場限りではいたしかたがない。
そこで今回登場したのが1-BIT RECORDER KORG MR-2000Sである。
当初、KORGという楽器メーカの作るA/D変換に疑問を持っていたのだが実際に聞いてみると全く問題が無いというより素晴らしい!
構造上の構成からも1-BITとは従来のPCMと較べて非常にシンプルらしい。収録のルートはD/A変換されたQDB76よりオヤイデのAR-910(銀のケーブル)でMR2000Sに結線することによりアナログ伝送によるハイ落ちを極力防ぎ、QDB78のバッファーをMAX設定にしておおよそ5秒くらい遅れて1-BITに取り込むというスタンスはまるで1/2″テープの再生ヘッドを通して聞いているようで緊張感もある。
こんな感じで現在ミックスが進行している。もちろん通常のPCMも同時収録しているわけだが
何よりも楽しいのはセッションいちいちを立ち上げなくとも、済んだMIXをすぐに聞く事ができる便利さである。ひと昔はDAT RECORDERがその役割を果たしたように随時プレイバックが出来ることである。
これにより他の曲との対比が瞬時に行える。これは便利である。しかも聞いたとおりの音質であるからなおさら信用できる。
客観的に聞いてみたい場合などはMR2000Sの-10dBアナログアウトを真空管のアンプを通してCHORDのアンプに直結して聞くとおおよそのマスタリング処理を想定したコンシュマーな音で自分のMIXを楽しむ事も出来る。

最終的なMASTERとして使えるかという評価は来週のマスタリングに持ち込み結果が現在のコマーシャル音楽としてのマスターとして適応性があるかという基準の判断されるわけだが、
今日まで1/2″アナログ〜16 bit DAT~究極の1”アナログまでMASTER RECORDER は進化してきたのだが、ここに来て1-BIT DSDが登場したことによりミックスの方法論や考え方が更に進化してゆく事に明るい期待を持つ。
0.jpg

post VOCAL RECORDING SYSTEM

September 21st, 2009

Filed under: New Mixes — goh @ 17:12:49

先日、小西さん コニシス研究所 CONISIS Lab にお願いして作って頂いたラックマウントが完成して届いた。
これはDAWになって問題にしていたVOCAL RECORDING時に生じるさまざまな問題を一気に解決してくれる言わば理想のシステムだ。
先にも何度も述べたが現在のレコーディング現場においてまともな録音をされていない。出来ないにつきるのは20余年前のコンソールで現代の音楽を創造する事や
更に古いモジュールを使いトランスの後ろにコンプを直結して結果S/Nを落として「音が太い」と勘違いするような本末転倒のやり方で行われているのが現状のようだ。
唄う方もやりにくいだろうし、録音する方もやりにくい。多分売る方も売りにくいのではと思う。そこで僕が小西さんにお願いしたのは以下のポイントである。

(1)使用するマイクの選択が決まっている点。
   うちの場合はノイマンU87iで出力が現行モデルよりも低いので
   オールド・ニーブのようにプリアンプが-70dBまでと幅広い選択

(2)マイクプリアンプよりのインサートポイント
   ここからUNIVERSAL AUDIO 1176AEにと接続される。
   コンプレッサーへの送りレベルもマイクプリのレベルとが適正にマッチングされるので
   1176の受け側のINPUT/OUTPUTのつまみの位置も調節幅が良好で好S/N状態になり微妙な調整が可能
   加えてインサート・ポイントがPRE-EQなので音の補正はコンプされた音の後なので環境ノイズ等の影響によって
   補正さる分のEQゲインはコンプのスレッショルドに関係がない。
   

(3)最終アウトはMAXを0dBとしたアッテニュエーター方式のVOLUME KNOBがある。
   これは通常Aカーブと言われるログリズミック・カーブと呼ばれ,
   主にフェーダー等に使われる特性のもので非常になめらかにに効き、
   手応えも素晴らしく、ほんの少しのレベル・チェンジも唄っている本人にも気がつかないほど滑らかである。
   特にこの微妙なレベル・チェンジが収録先に大きく影響されるのはもとより、
   唄う本人にも小さく唄う部分や大きく唄う部分の手助けが簡単に行えるので
   モニターバランスも崩れない。

(4)さすが30年以上も前の物なのでコンデンサー関連を全て新しいのに替えていただいた。
   内部配線も、電源も強化されているので高い水準のS/Nを確保できていて
   これが30年以上も前の機材の音とは思えない程素晴らしいアナログな音がする。

以上のように単純にオールドニーブが全てではなく、このようにニーズに合ったデザインとメンテナンスを施さなければ
まったく用途をなさないのが現実である。

全般的に機材による「音」がよくなるというという神話的傾向は、ある考え方からすれば「こんなに良い音だったら何もしなくても良いのではないか」
と言う解釈にも受け取れるが、本当に「良い音」がするマシンを所有するという事は「使いこなす」という事である。
高額なスポーツ・カーのエンジン音だけをニュートラル状態で聞いて200 km以上出せたような気持ちになって所有満足だけを満たし
あたかもレースに勝った気持ちで終わるのではなく、
機材とはすべてにおいて使いこなして結果を出す事が本来の目的である。neve-micpre.jpg

   

post サウンド・デザイナー

August 5th, 2009

Filed under: New Mixes — goh @ 21:56:25

先日サウンドデザイナー誌より訪問を受けて当スタジオを取材していただきました。
今回の企画はどちらかと言えばクリエーターのプライベート・スタジオを特集された形式なので
この場合、私のスタジオは家内のNOKKOのアーチスト・スタジオと紹介された方が的確なのですが、僕らがこだわって厳選した機材や環境などが紹介されていて
多分この誌を読まれる方々は大変興味ある内容になっていると思います。
一昨年よりも、そして昨年よりも昨今、大きなメジャースタジオを利用する機会が年々減っています。
もちろん業界の売り上げ低下による予算カットに影響する経営困難なスタジオの最新設備投資の制限などが僕の足が遠のいた原因になった事もその理由のひとつだと思いますが
今では昔のようなセオリーは通用しない(していない)という現状を一般の読者に見せてしまったという感(危惧)も感じる。
今となっては古い機材しか手に(耳)にする事しか出来ない大きなスタジオのエンジニアやアシスタントはハイエンドのD/A convertorも最新のPLUGINも話には聞いた事があっても
実際に聴いた事も使った事さえないかも知れない。アントレスの使い方は誰よりも早いから茶髪のディレクターの御機嫌を取るのには長けていても音楽(音)の核心からは程遠く
大気圏の外側を調子良く回っている衛星のようでいつか(そう遠くない将来に)宇宙のゴミとなって空気のない宇宙で「志」が消滅するのは心もとないとも思うが
そういう時代なのだと思うしかない。
ところが、アーチスト、クリエーター達は自己の作品にあいまいな凡庸用途な音楽等(作品)は決して作らない。
自分のため。それが結果的にファンのためになるONE AND ONLYな(作品)音を作るための
スタジオ(作業場)である。
「ナレーションからオーケストラ、演歌、ロック、デイスコまでを何もかも平均的に録音、再生できる制作環境です。」というコマーシャル・スタジオではないのである。
だからこそサウンドデザイナー誌特集が成立する時代なのだと思う。
このまま芸能/音楽業界が萎縮していったら、雇用環境/状況は
商業スタジオのアシタント志望=ファミレスのバスボーイと何ら変わらないかもしれない。
しかし時代は確実に進歩していると確信する今日この頃である。
ミックスを依頼されて、実際に手にしたり、聴きながら彼らの発する自己の感性が音楽に意図された大切な「志」を感じる。
その「志」とは決して完璧ではない曲線や直線(一番可愛いところ)が(聞こえて)見えてくる。そこを見極め、磨くのには数時間、あるいは数日かかる事もある。
プライベート・スタジオと商業スタジオの作業や時間の流れの大きな違いはそこにある。
もしも諸氏がこの記事を読んでからサウンドデザイナー誌を御欄になってからの諸アーチスト/クリエイター達に対する違った(新鮮な)印象を感じる事ができると思う。
しかし最近感じる事はこの不況のせいなのか?アシスタントや志望の技量の質は数年前より確実に進化しているけれど(技術/開発に比例して)
音楽やその素材の扱い方/対する感覚の粗雑さには決して2度と再会したくないと思うのが本音である。
泥だらけになって土まみれになっても、初めて土から焼き上がった茶碗によそわれた米の美味さをいつの日も忘れてはいけない。

ruldrurd
Next Page »



(C)GOH HOTODA ALL RIGHTS RESERVED.