サウンド・デザイナー
August 5th, 2009
先日サウンドデザイナー誌より訪問を受けて当スタジオを取材していただきました。
今回の企画はどちらかと言えばクリエーターのプライベート・スタジオを特集された形式なので
この場合、私のスタジオは家内のNOKKOのアーチスト・スタジオと紹介された方が的確なのですが、僕らがこだわって厳選した機材や環境などが紹介されていて
多分この誌を読まれる方々は大変興味ある内容になっていると思います。
一昨年よりも、そして昨年よりも昨今、大きなメジャースタジオを利用する機会が年々減っています。
もちろん業界の売り上げ低下による予算カットに影響する経営困難なスタジオの最新設備投資の制限などが僕の足が遠のいた原因になった事もその理由のひとつだと思いますが
今では昔のようなセオリーは通用しない(していない)という現状を一般の読者に見せてしまったという感(危惧)も感じる。
今となっては古い機材しか手に(耳)にする事しか出来ない大きなスタジオのエンジニアやアシスタントはハイエンドのD/A convertorも最新のPLUGINも話には聞いた事があっても
実際に聴いた事も使った事さえないかも知れない。アントレスの使い方は誰よりも早いから茶髪のディレクターの御機嫌を取るのには長けていても音楽(音)の核心からは程遠く
大気圏の外側を調子良く回っている衛星のようでいつか(そう遠くない将来に)宇宙のゴミとなって空気のない宇宙で「志」が消滅するのは心もとないとも思うが
そういう時代なのだと思うしかない。
ところが、アーチスト、クリエーター達は自己の作品にあいまいな凡庸用途な音楽等(作品)は決して作らない。
自分のため。それが結果的にファンのためになるONE AND ONLYな(作品)音を作るための
スタジオ(作業場)である。
「ナレーションからオーケストラ、演歌、ロック、デイスコまでを何もかも平均的に録音、再生できる制作環境です。」というコマーシャル・スタジオではないのである。
だからこそサウンドデザイナー誌特集が成立する時代なのだと思う。
このまま芸能/音楽業界が萎縮していったら、雇用環境/状況は
商業スタジオのアシタント志望=ファミレスのバスボーイと何ら変わらないかもしれない。
しかし時代は確実に進歩していると確信する今日この頃である。
ミックスを依頼されて、実際に手にしたり、聴きながら彼らの発する自己の感性が音楽に意図された大切な「志」を感じる。
その「志」とは決して完璧ではない曲線や直線(一番可愛いところ)が(聞こえて)見えてくる。そこを見極め、磨くのには数時間、あるいは数日かかる事もある。
プライベート・スタジオと商業スタジオの作業や時間の流れの大きな違いはそこにある。
もしも諸氏がこの記事を読んでからサウンドデザイナー誌を御欄になってからの諸アーチスト/クリエイター達に対する違った(新鮮な)印象を感じる事ができると思う。
しかし最近感じる事はこの不況のせいなのか?アシスタントや志望の技量の質は数年前より確実に進化しているけれど(技術/開発に比例して)
音楽やその素材の扱い方/対する感覚の粗雑さには決して2度と再会したくないと思うのが本音である。
泥だらけになって土まみれになっても、初めて土から焼き上がった茶碗によそわれた米の美味さをいつの日も忘れてはいけない。



